終 章
「…ところで、
ヘイさんは随分と前々から、
右京寺さんに微妙に強く出れないようでいたけれど。」
「えと…。」
一体なんでまた自分たちへと当たりが強い彼女だったのかは、ひょんなことから図らずも明らかになったその上、久蔵が言い諭したことで、もはや棘を向けられる恐れは無さそうだと、そちらの懸念へも方がついたものの。陰口を言っているのを聞いただの、その後の彼女がどうなったかまでも。日頃ならば、平八こそ…その手のお人なぞ何を言おうが何をしようが放っておくはずが、彼女に限っては割と小まめにチェックしていたらしいのは明らかで。
「私たちには黙ってる何かがあるとか?」
女学園の行事の中で起こった事への事情聴取ということで、警視庁まで制服姿でお邪魔したものの。昼下がりの外出であり、学園へと戻る必要も無しという段取りだったので、一番近場だった七郎次の家へとお邪魔し、普段着へ着替えて“あ〜あ、やれやれ”と一息ついていたところ。女子高生にはあるまじき荒ごとをこなした件については、反省こそすれ、もう済んだこととした割に。人懐っこくて陽気な人柄だと見せて、だがだがその実、何かしらの物思いを 誰にも気づかせぬまま抱え込むところがなくもない平八なこと、ちゃんと覚えていたのだろう。昨日も直接聞き差したものの、その折は何でもないと言い張った彼女であり。だが、その後の顛末…それもまたお門違いな代物ながら、久蔵への遺恨だったという展開から察するに。向こう様からの想いのカラーやベクトルとは別の何かへと、心配りなり用心なり、していたひなげしさんだったことは明白で。
「???」
こちら様のマスコットの仔猫のイオを、巻きスカートに重ねたレギンスのお膝にじゃらしつつ。二人の会話の雲行きへ小首を傾げた久蔵とも視線が合っては、下手な誤魔化しを構えても し通せぬと察したか、
「…考え過ぎだとは思ったのですが。」
平八自身もまた、右京寺さんのお口から飛び出した本音とやらを訊いて、ありゃりゃ勘違いしてたかしら?とでも感じたものか。お着替えしたフレアたっぷりのエプロンドレスの裾、お膝の先にてちょちょいと弄りつつ。ふかふかのソファーに腰掛けていた小柄な身をちょこっと竦ませながら、やっとのこと、その胸の内を明かすこととしたらしかったのだが。
「右京寺さんって、
あのウキョウの生まれ変わりなんじゃないかと思ってたんですよね。」
「 …………はい?」
「??????」
まずは、すぐさまピンと来ず。それからじわじわと、その名の主が どういう存在だったか、こちらの二人も何とか思い出したものの、
「ちょっと待って、ヘイさん。全然、似てないし、名前だって名字だし。」
かつて彼女らがお顔を合わせた最後の戦いにての、最大最悪の敵にして、奸計知略の将だった青年。単なる差配の二代目、本人には何の資質もない腑抜けな御曹司と思わせといて。実は途轍もない深さの怨嗟を糧に、知略を巡らせてのし上がった末、そのままでは自分が君臨するべき世界まで滅ぼしかねないような、無体な行動の限りを尽くそうとした鬼っ子でもあり。
自分を貧農の家へ預けおき、
それとは知らなんだのかもしれぬが、
そんな彼のいた里を機巧躯の野伏せりに襲撃させ。
生活苦や力での蹂躙という恐怖を、
自分へとさんざん味あわせたのは誰だったのか。
それを箍が外れたように叫んだ彼だったの、
覚えている七郎次にしてみれば。
自分を苦しめた全てへの
復讐をしたかったのではなかろうかという印象ばかりが強かった、
どこか歪んだ天主だった彼でもあり。
確かに随分と深い怨嗟を抱えていた存在ではあったけれど。そんな“ウキョウ”が転生した存在が、あの彼女ではないかと思うだなんて。ちょっと早計すぎないかと、執り成すように七郎次が言いかけたところへ、
「必ずしも似ているとは限らないんじゃないでしょか。」
かぶせるように平八が言い足す。たまたま私たちは姿も声もまんまだったその上、どういう意地悪か性別が違っても名前まで一緒でしたが、
「あの見事な黒髪とか、
こっちには覚えがないのに妙に視線を向けられていた感触から。
ああ…っ、て。」
「ああ…っ、てって。」
おいおいおいと。あのお人がそうじゃなかろかと、確信したほどの深さで警戒していたらしい平八だというのへと、どうにも理解が追いつかない七郎次だったのへ、
「顔も違う。」
ああまで違うのにどうしてそうだと思ったのだと、こちらは久蔵がすっぱりと言い放つ。平八が言うように、もしかして姿の異なる転生もあるのかも知れないが、だとしたらそんなお人を前世でも知り合いだったと気づくのは尚更に難しいこと。現に、あのウキョウの姿は毎日のように見ていたろう久蔵からして、そんな奴がいたかな?と、思い出すのに間をかけていたほどなのだし。そこいらの理解から“ねぇ?”とお顔を見合わせる金髪娘お二人へと、やっとのこと“くすすvv”と微笑って見せた平八であり。
「ええ。今はもう、そうと疑ってはおりませんが。」
ただ、思い込んでしまった理由に、もう1つの要素がありましてと。二人を見回したひなげしさんが続けたのが、
「ウキョウは、百姓の暮らしから逃げ出すため、
闇医者のところで整形していたと聞きました。」
「………あ。」
そういえばと思い出したのが七郎次なら、かつての盟友・菊千代が“思い出したぜ”と切り出した、そんな会話があったあの格納庫に居合わせなんだ久蔵は、依然として“???”と小首を傾げるばかりでおり。
「…って、ヘイさんも居合わせてなかったと思いますが。」
「ゴロさんが兵庫先生に聞いたそうです。」
……何でわざわざそんな話を?
他にも転生している人っているのかなという話題になったおりに。
「なので。
お顔はそもそもアテにはならないと、そうと訊いていたのとが相俟って、
もしかしてもしかしたらば、
前世での恨み晴らしてやるっていう、
壮絶なちょっかいをかけられたら、コトだなぁと思いまして。」
いくら何でも、それはないですよねと。やっとのこと、安堵したらしい平八へ、
「ええ、ええ。まったくもって心配性はどっちだかですよ。」
いじめられてないかと七郎次が案じたのへと、熱血漢だのなんのと言い逃れたくせに。本当に気を回しまくりだったのは、むしろ平八の方ではないかとの苦笑が、つい洩れた七郎次であり。胸元押さえて、そろって安堵している二人へと、
「心配性なのは二人とも。」
久蔵が、お膝へ抱えたイオの前足持ち上げて、ちょいちょいと、これこれと窘めのポーズを取って見せたのが、何とも間が良かったものだから。3人そろって弾けるように“あははvv”と軽快に吹き出してしまったお嬢様がた。それは苛酷だった前世の記憶と、当時築いた様々な絆と。何とも奇妙な縁をも従え、なかなかにややこしいこと、人知れず抱えておいでのお嬢さんたちだけれども。大切な家族と、大好きなお友達と、それからそれから前世では結ばれなかった素敵な殿方との再会にも恵まれて。そりゃあ幸せな身であることを、それは素直にほくほくと堪能しておいで。
「そうそう。
勘兵衛さんて、やっぱりスケートは無理なんですか?」
「ヘイさんたら何ですよう。
得意な遊びになった途端、引っ張り出そうって魂胆ですか?」
「兵庫も連れてけば、応急手当に不安はないぞ?」
「久蔵殿までっ。」
こらっと振り上げられた白い手へ、小さな仔猫がにゃあと鳴いた、それはほのぼのした弥生の半ば。早く桜の咲く、春本番がくるといいですねと。窓の外、目映い陽差しが“くすすvv”と微笑っているようだった。
〜Fine〜 11.03.06.〜03.26.
*途中にとんでもないことまで起きたゆえ、
そんなときにこういう娯楽もの、
書いてていいのかなと思わなくもなかったですが。
思えば、私に出来ることってこのくらいだし。
人を傷つけてなければいいな、
喜んでくれる人がいたらいいなと。
今はそうと思って、
この活動もこのまま続けようと思ってもおります。
今は大変になっちゃったお人も、
余裕が戻ったそのときに、
何だこれって、微笑って読んでくれたら嬉しいな。
おまけ 
「久蔵殿、右京寺さんに何か教えたんですって?」
「?」
「だってとっても御機嫌な様子でおいでだし。」
「私なぞ、わざわざ立ち止まってのご挨拶されました。」
「 …っ、……。(頷)」
「携帯? え? メアドを?」
「……。(頷)」
「じゃあ、どのお方かが判ったのですか?」
「順番に登録してある名前を見せて?
ちょ…それって、いいんですか? 勝手に。」
「……。(頷)」
「ですが…。」
「ケー番じゃないなら良いと。」
「一応は確かめたのですね。(ほっ)」
「でもね、本当は
例えメアドであれ、他人へ教えちゃダメですよ?」
「…。(頷)
シチと、ヘイハチと、
ヒョーゴとゴロベエのメアドは内緒だ。」
「…ちょっと待ってください。勘兵衛様のは?」
「??」
「御存知のはずですよね?」
「? …、あ。」
「あ、じゃありません。
時々、呪いの文句のようなメールを出してるって聞いてますよ?」
なんだ、そりゃ。(苦笑)
「…で? どなたのことだったんですか?」
「勿論、内緒だ。」(大威張りっ)
「うう、狡い〜〜〜。」
「? (何で?)」
「ヘイさんたら、いけませんて、そりゃ。」
久蔵殿のリアクションは、
つくづくと絵描きの方向きだよなと思いましたです。(苦笑)
めーるふぉーむvv


|